角川つばさ文庫にて15巻まで刊行させていただいた「サキヨミ!」シリーズ。
今年6月、みなさまのおかげで無事完結を迎えました!
というわけで今回は、「サキヨミ!」制作時の裏話などを書いていきたいと思います!
・レイラ先輩は当初は天然パーマのロングヘアだった
駒形先生による「ふわふわヘアを後ろで一つにまとめたキャラデザイン」がすてきだったので、今の形になりました。
・4巻のスペースシティのモデルはジョイポリス
当初は普通の屋外遊園地の予定でしたが、事情があって屋内遊園地に変更となりました。屋内遊園地に行ったことがなかったので、お台場まで家族で取材に行きました。楽しかったです。
・「おもしろい話、集めましたR」の短編は一日で書いた
「美術部のおでかけは危険がいっぱい!」ですね。40ページ、16000字くらいの短編です。
朝から夕方までかけて一日で書き終えましたが、最後の方は文章が荒くて結局直すはめになったので、実際は一日半くらいです。後が大変なので、今は一日20ページ、書いても30ページくらいにするようにしています。
・9巻のハロウィンパーティの瀧島君の仮装は、当初ゴスロリ金髪の予定だった
ゴスロリ金髪ウィッグの瀧島君を私が見たかっただけです。
・14巻P141のチバ先輩のセリフの元ネタは「ペルソナ5」
「正体を現せ!」ですね。ペルソナ5というゲームの主人公、ジョーカーのセリフです。
……と思って念のため調べたところ、あちらは「正体を見せろ!」でした。確認してから書けばよかったー!!
・レイラ先輩、ナツさんともに一人称のミスが一か所ずつ存在する
この二人の一人称は「あたし」ですが、実は一か所ずつ「私」になっているところがあります。暇な人は探してみよう!
・咲田先輩の名前の作り方
咲田先輩は、瀧島君のシャドウ的存在にしたいな、と考えていました。出会う時期が違えば瀧島君も咲田先輩のようになっていたかもしれないし、その逆もまた然り。
というわけで、瀧島君の名前を基準に考えることにしました。
「瀧島幸都」をローマ字で書くと、以下のようになりますね。
TAKISHIMA YUKITO
これを並べ替えて名前が作れないかな(いわゆるアナグラムというやつです)と思い、いろいろ試した結果。
Hを消して「TAKISIMA YUKITO」にすると、まず「SAKITA」という苗字を作ることができました。
残りは、「I M Y U K I T O」。
これをどうにかして「ゆきと」から離しつつ名前っぽくしなければ……と思い、取り出したのが「MI」と「TYOKU」。「ちょく」を「直」にし、「み」とくっつけて「直己」になりました。
でも、これだと「I」がひとつ余ります。
そう。瀧島君にあって咲田先輩に足りないのは、美羽への「愛」なのです!
……と、これはまあ、後付けなのですが。
ちなみに、瀧島君の名前には「MIU,K」(如月美羽)の文字が入っていますが、咲田先輩の名前(SAKITA NAOMI)には入っていません。
・『サキヨミ!』で書きたかったのかもしれないこと/「嵐が丘」について
突然ですが、「嵐が丘」という小説の思い出話をさせてください。
大学時代の話です。私は国文学を学んでいたのですが、他学科の講義も取れるところだったので、気まぐれで英文学演習を受けることにしました。
おもにシェイクスピアなどの詩を読む講義だったのですが、その最中に教授が「エミリー・ブロンテの『嵐が丘』を読んでいない人はここにはいないと思いますが――」と言ったことがあるのです。
私は読んだことがありませんでしたし、そう言われても最初は読むつもりはありませんでした。講義の内容とは関係のない作品だったし、当時の少ない知識の中でも「恋愛小説」であることを知っていたからです(当時は恋愛がメインの小説を読むのが苦手でした)。
けれど、時間が経つにつれ、英文学を学ぶにあたって必読らしい「嵐が丘」なる本への興味は無視できない大きさになっていきました。そこで当時新潮文庫から出たばかりの新訳「嵐が丘」を手に入れ、読み始めました。
あまりの面白さにすぐに引き込まれ、あっという間に読み終わってしまいました。
読み終えて、私は思いました。これは「恋愛小説」じゃない。キャサリンとヒースクリフと言う二人の男女の「魂の物語」だ、と。
あのときからずっと、「嵐が丘」は私の中で「最高の小説」の地位を保ったままです。大好きな小説は他にもたくさんありますが、この作品から受けた衝撃を上回るものはありません。
ゆえに、私の中に「キャサリンとヒースクリフのような二人を書きたい」という思いが芽生えたのも、ある意味必然だったのかもしれません。
私が「サキヨミ!」で書こうとしていたことのひとつは、「魂の半身と出会う幸せと恐ろしさ」だったんじゃないかと思っています。
キャサリンとヒースクリフは、出会ってすぐに惹かれ合います。が、生きているうちに結ばれることはありません。二人は互いを自分自身に重ね、同じ魂を持っていると感じていました。一つだったはずの魂がたまたま二つの肉体に宿ったと言わんばかりに。
キャサリンとヒースクリフにとって、互いは「自分の魂のもう半分(半身)」だったわけです。
魂の半身。「運命の相手」と言い換えてもいいかもしれません。
ここで重要なのは、実際に世界のどこかにそんな存在がいるのかどうかということではありません。「出会った相手を魂の半身だと思うかどうか」ということです。
瀧島君は、美羽に対してそう思っていました。そしておそらく、美羽も。お互いの存在が自分の人生には絶対に必要だし、いなければ意味がない、相手の存在そのものが自分の生きる意味であり世界と同義だ、と。
そんな相手に出会えることは、とても幸せなことだと思います。けれども同時に、とても恐ろしいことでもあると感じます。
もしその相手が、いなくなってしまったら? 自分の目の前から消えてしまい、二度と会えなくなってしまったら? 何かの事情で、決してこの世で生きているうちに結ばれない運命だとしたら?
「サキヨミ!」の世界には、「嵐が丘」に書かれていた階級や身分といった垣根はありません。
けれど、二人を結び付ける絆であると同時に、枷にもなったものがあります。それが「サキヨミ」という未来予知の能力です。
運命から同じ能力を持つに至った二人ですが、考え方の違いから何度かすれ違いを起こしています。当初は力を持て余していた美羽は、力を失うことに対して恐怖を抱くようになります。自分のこれまでの人生や得てきたものが、すべてサキヨミの力なくしては成り立たないと気づいたからです。
一方の瀧島君は、美羽から授かったサキヨミの力を宝物のように思いながら、力をともに使うことで美羽との絆を深めていきます。が、そうして夢見るようになった「美羽とともに生きる未来」は、サキヨミの力を保とうとすると成立しません。
この「サキヨミの力」と「恐怖感」の設定については、シリーズ当初はまったく考えていませんでした。ぼんやりと「年齢の経過とともに力を失い、未来が見えなくなる」くらいのことは考えていましたが、そもそもどのくらいお話を書き続けられるのかまったくわからなかったので、サキヨミの力について詳しく書く機会は来ないだろうと思っていました。
ところがお話を書き進めるうちに、当初は予定していなかった「咲田先輩」というキャラクターが生まれ、力を得る条件や失う条件についても書ける余裕が生まれました。
美羽と瀧島君という二人の少年少女の行く先を考える際、頭のどこかに「嵐が丘」のキャサリンとヒースクリフの存在があったのだと思います。
私は美羽たちに、「魂の半身と出会ったことの幸せと恐ろしさ」を味わってもらおうと決めました。相手が自分であり、世界であり、生きることそのものだからこそ起こりうる魂の物語。
もちろん「嵐が丘」のようにはいきませんでしたが、薄ーーーいエッセンスくらいは足せたのかな、と振り返った今感じています。
私はこの先も、キャサリンとヒースクリフの亡霊を頭の中に住まわせながら小説を書いていくのだと思います。私が書いた物語に「魂の半身」の痕跡を少しでも感じてもらえたら、それはこの亡霊のしわざです。ケイト・ブッシュの「嵐が丘」の歌声を思い出しつつ、なるほどなと思っていただけたらうれしいです。